共通性があるので

オーム真理教の事件でクローズアップされた問題は、まじめに修行に打ち込む人間が、教祖の命令一つでああいった凶悪な事件を起こし得る、ということです。 ナチスドイツもオウム真理教も、『既存の体制や中心的価値観へのカウンター(反抗)』として成立した政府機構であり宗教集団であるという意味で、共通性があるのではないかと考えます。 Continue reading “共通性があるので”

信頼できる人

彼らの学歴ですが、その段階段階で思考力を問われることが多いこと。 学歴自体は誰でももつことが可能なのだから、批判者も彼らと同等の学歴をもつことは可能であるという「開かれた」構造であること。 Continue reading “信頼できる人”

前提として

まず9条の前提として、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」となります。 
国権の発動たる戦争というのは、宣戦布告を行うことを意味します。 
国際法上、国際紛争の処理手続きには、交渉、周旋、仲介、調停、審査がある。 
そういう意味では国際紛争の手段として、武力行使や威嚇行為は国際法違反になります。 
「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」というのは、国際法の遵守が妥当となります。 
この前提が崩れた場合は、戦争も武力行使も放棄しないという条文にあるわけです。 
当然のことながら、第一項が崩れた場合は戦力の保持や交戦権は認められるわけです。 
また、第二項においても、第一項に自衛権というのが定められてない以上、自衛権は認められており、第一項に反さない範囲での戦力の保持と交戦権は認められるというのが、条文上での解釈になるわけですね(笑) 
9条の精神は国際法の遵守と侵略の否定の2点になるわけです。 
要するに、9条はどうにでも解釈出来るわけで、憲法解釈を問題視するなら、9条を改正すべきと思うわけです。自衛権は認めない、武力を使った抵抗も許さないといった形にねwww 
それこそ、9条バリア(笑)を憲法化すればいいじゃん♪って思いますね。 

原則論としてはこんなところです。

集団的自衛権の意味

下らないことで騒ぐというのは、問題の本質の論点を逸らしているだけの話でしかないわけで、批判するのはいいんだけど、本質は見失ってはいけないわけですね(笑)

集団的自衛権反対する人って、集団的自衛権の意味を理解しているのだろうかと…。 

・国連憲章の第51条 
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるま での間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければ ならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に 対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。 

集団的自衛権の行使のためには、手続き的には安保理への報告、同盟国からの要請、議会の承認が必要となります。 
集団的自衛権の本当の目的は、南シナ海やシーレーンを守ることですね。 
それで困る国がありましたよね(笑)

平和でいれるわけですねw

世界3位のGDP、世界6位のEEZ、世界6位の軍事費、世界1位の対外純資産、国民教育の水準の高さ、持っている資産などで、海外から資源を金で奪い取って、自国企業の製品を安く提供するために賃金の安い海外の労働者を利用することで、平和を勝ち取ってるだけの話です。 
日米安保もそうだけど、これらの要因があるからこそ、平和でいれるわけですねw 
戦争がなくなれば平和なんですかね?? 
経済戦争でも死者は出るわけで、経済で殺した人の方が武力で殺した人より多いがなwww 
ていうか、日本で毎年3万人近く自殺しているわけですが、外国で内戦で犠牲になった人と何が違うんですかね?? 
海外では内戦で犠牲になるのと同じくらいの死者を、経済苦による死者は出ている状況を踏まえて、日本が平和とか言い切れるのかは正直分かりません。。。 
結局のところ、平和というのは思い込みのような気がするわけで、この言葉はありがたい言葉と思えないわけですね。 
てなわけで、中国の平和とかいう概念を受け入れることは出来ますかねwww 
それくらい軽い言葉です。平和って・・・(笑)