戦争ができる体制

現実の戦争は政治指導者・軍の上層部・官界財界の協力者(扇動者)・軍需産業の利得者は死なずに、地位も権限も名声もない『一兵卒(雑兵)』が死 ぬわけですが、

この一兵卒が教育や慣習、共同体倫理、メディア、自尊心によって『仮想敵の脅威・憎悪』をたぎらせたり『ナショナリスティックで物語的な自 己犠牲精神』に耽溺したりするので、戦争ができる体制・憲法でいったん戦争が始まる流れが確定するとその流れに抗うことは非常に難しくなります。
『不利益・戦死リスクを被りやすい層』によって戦争政策が熱狂的に支持される現象も起こり得ますが、それは『仮想敵の脅威・憎悪の刷り込み』に加えて『国家共同体のために自己犠牲的に貢献する自己評価(自尊感情)の向上』があるからです。 国民の生命・生活の犠牲を織り込んだ上で、戦争によって権力(有事の特権)や利益、名誉などを得られる政府・軍部・財界の上層部もいますが、そう いった人たちは一兵卒のような戦死リスクや確定的な不利益を被るリスクは低く、同胞と呼ぶ国民が戦死したからといって、戦争の意思決定をした自分が責任を 感じて自害するようなこともまずありません